- 腸管研究
- 腸管は、外界と最も広く接する免疫臓器であり、腸内細菌や食事由来抗原など、さまざまな外的刺激と常に接しています。こうした環境の中で、腸の免疫系は「異物からの防御」と「過剰反応の抑制」という相反する働きのバランスを巧みに維持しています。
- 近年、獲得免疫に先立って応答する自然リンパ球(Innate Lymphoid Cells; ILC)が、このバランス維持に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。当研究室では、日々の食事の影響が強い小腸や大腸に着目し、食事由来抗原が
ILC3 をはじめとする免疫細胞にどのような影響を与えるのかを解明することを目指しています。そのために、食事由来抗原を含まない特殊な餌を与えたモデルマウスを用いて研究を行っています。その結果、食物抗原を摂取した場合には、小腸で腸内細菌叢の多様性が増加し、ILC3
が機能を獲得することで粘膜防御が促進されることが分かりました。
- 今後私たちは、食物と腸内細菌叢、 ILC の相互作用のメカニズムを明らかにすることで、腸管の恒常性維持や疾患発症への関わりを理解することを目指しています。
- 漢方研究
- 漢方薬と聞いて、皆さんは何をイメージしますか?『昔ながらの治療法』という印象を抱かれる方もいるかもしれません。しかし近年、漢方薬は症状の根本に働きかける治療薬として、現代医療や基礎研究においても注目されています。実際にがん治療や消化器疾患治療に使用されることもあり、その科学的な作用機序の解明が進みつつあります。例えば、大建中湯(だいけんちゅうとう)と呼ばれる漢方薬は、腸内細菌を介して腸管免疫を助けることが報告されました〔Shi
Z. et al., Front Immunol. 2022〕。具体的には、腸内細菌叢の代謝産物である短鎖脂肪酸が自然リンパ球 (ILC)を活性化させるという発見で、
漢方薬が腸内細菌叢と自然免疫系を介して体の調子を整えるという新しい仕組みを示しています。
- このような理由から、漢方薬は伝統的な知恵と先端科学との橋渡しとなる大きな可能性を秘めています。私たちは、科学的エビデンスに基づく解析によってその作用メカニズムを解き明かすことで、多くの治療選択肢を届けたいと考えています。
- 胃研究
- 私たちが食べたものは、胃で一度貯蔵され強い酸や酵素によって消化されます。これまで、胃は『食べ物をただ消化する場所』として考えられてきましたが、最近は免疫応答においても重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。
- 近年、細菌叢解析技術の進歩により、胃粘膜にも多様な微生物叢が存在することが明らかになってきています。胃の微生物叢は腸管とは構成が大きく異なる一方で、その免疫学的意義については未だ十分に解明されていません。
- 私たちの研究では、このピロリ菌感染時に、胃が2型自然リンパ球(ILC2)を介してIgA産生を誘導するメカニズムを明らかにしました。ILC2 はこれまで主に腸や肺で研究されてきましたが、胃における役割はほとんど理解されていませんでした。
- 今後は、胃における免疫誘導の新たな可能性を解き明かし、新しい治療や予防に貢献することを目指しています。
- 空間解析
- 多細胞生物では、細胞は周辺の細胞と絶えずコミュニケーションを取っています。例えば免疫細胞は、病原体の侵入に応答してサイトカインを分泌し、好中球や好酸球などの免疫細胞を感染部位へと誘導し、貪食や顆粒放出などを通じ、外来の病原体を排除することが知られています。
- 近年、細胞単位で遺伝子の発現パターンを解析する single cell RNA sequence (scRNAseq) が普及したことで、特定の組織に存在する細胞の種類や、その機能を推定できるようになりました。しかし、scRNAseq
では、上皮細胞やマクロファージといった免疫細胞が、組織のどこ (where) に存在しているのかという情報 (空間情報)が失われてしまうため、細胞間コミュニケーションを明らかにすることは困難です。
- 空間トランスクリプトーム解析 (Spatial Transcriptomics) は、空間情報を維持したまま遺伝子発現パターンの解析を行える最新技術で、細胞間コミュニケーションの解明に貢献することが期待されています。私たちは空間解析を通じて、疾患や炎症時の免疫細胞の細胞間コミュニケーションに新たな洞察を得ることを目指しています。

Fig. SPFマウスの胃上皮細胞の空間解析の様子。 HE染色画像(左)、cell segmentationの結果(細胞の境界線の定義)と、遺伝子発現パターンの解析によって特定された細胞タイプごとの色分けの結果。胃の外壁側
(画像上) と筋層側 (画像下) では、異なる細胞がいることが分かる。